インフォメーション
山岡鉄舟像 岐阜県高山市八軒町1丁目
TOP

山岡鉄舟像
「青雲 若き日の山岡鉄舟」と題された山岡鉄舟の銅像。山岡鉄舟(小野鉄太郎)は第21代飛騨郡代を務めた小野朝右衛門の子で、朝右衛門が飛騨郡代に任じられた弘化2年(1845年)から嘉永5年(1852年)までの7年間、10歳から17歳までの多感な時期を飛騨高山で過ごした。
高山陣屋跡 岐阜県高山市八軒町1丁目
TOP

幕府の直轄地である飛騨高山の陣屋として177年間25代の代官・郡代が政務を行ったところ。元々高山城主金森氏の下屋敷だったものを金森氏の移封後、陣屋にしたもので、御役所、御用場、大広間、役宅、吟味所、白州などが現存する唯一の郡代所とのこと。第21代小野朝右衛門は山岡鉄舟の実父で、山岡鉄舟(小野鉄太郎)は少年期をこの屋敷で過ごした。

高山陣屋表門

山岡鉄舟の句と松

高山陣屋


畳廊下と縁側
宗猷寺 岐阜県高山市宗猷寺町
TOP

1632年(寛永9年)金森重頼と重勝の兄弟が建立し、妙心寺前南叟宗安を開山とする臨済宗のお寺。石垣は高山城から移されたものといい、初め大平山安国寺と称した。小野鉄太郎時代の山岡鉄舟が、悪戯をしてこの寺の梵鐘を降ろそうとしたことがあったという。境内にはこの地で亡くなった山岡鉄舟の父朝右衛門と母磯の墓がある。

宗猷寺

鐘堂

山岡鉄舟之碑

父小野朝右衛門の墓

母磯の墓